「自分に厳しい」と、幸せが遠ざかっていく?

「自分に厳しい」ことは、何を意味するのか?

「自分に厳しい」ことは、立派なことのように思われますが、

実は自己否定していることと同義でもあります。

あなたは、「自分に厳しく」してしまっていませんか?

 

いつも自分に高いハードルを課し、

絶えず同僚や上司、親やクラスメイトからの期待を意識し、

それに応えようと精一杯の努力をしている。

誰にでもわかってもらえるような結果を追い求め、

そのプロセスは問わず、ときに自分の身を振り返らずに

突き進むこともある。

そんなあなたは、自分をストイックに追い込むことで、

周囲からの良い評価を得て、そのコミュニティに

所属していることに意味を見出しているかもしれません。

 

「自分に厳しい」ことは、

周囲にとって理想的な存在であろうとする、という意味では

立派な人と見えるでしょう。

しかし、「自分に厳しい」ことは

知らず知らずのうちに自分を追い詰めることにもつながりかねません。

 

「自分に厳しい」は、「自分はダメだ」という自己暗示を繰り返しているようなもの

「自分に厳しい」ことは、「いまの自分はダメだ」と、

自分で自分に毎日まいにち、言い聞かせているようなもの。

そんなことを、毎日毎時続けているとしたら、

自分の中に本来ある自由な感性や、

新しいものを生み出すクリエイティビティなどが

萎縮していく、ということになっていきます。

自分の潜在意識に「今のままではお前はダメだ」と

何度も何度も言い聞かせているのと、同じなのです。

 

「自分に厳しい」ことは、

実は「自己否定」していることと同義だったのです。

 

「自分に厳しく」し続けた結果、燃え尽きた過去

私自身の経験で恐縮ですが、

高校の頃、全国模試の偏差値を上げることに強迫的に取り憑かれ、

ようやくある科目で学年1位をとることができました。

私の高校では、成績優秀者は教室の後ろに張り出されるため

先生やクラスメイトは「すごいね」と褒めてくれましたが、

母親はねぎらうこともなく「次は県で1位だね」と

発破をかけてきました。

そして、当時の自分も、「現状に甘んじてはいけない」と、

県で1位を目標に勉強を進めていきました。

しかし、学校と県ではあまりにも範囲が違い、

そこで1位をとるのは並大抵のことではない。

 

そうやって偏差値競争に明け暮れて、

高校を卒業して大学に進学したあとは、

目標を見失い、こころにぽっかりと

穴が空いた状態になってしまいました。

いわゆる「燃え尽き症候群」というやつです。

 

「自分に厳しく」が癖になっていると、なかなか抜け出せない

こうならないためには、

自己肯定し、いまの自分を大切にして、

日常生活の小さな幸せを味わう、という

人間本来の心の豊かさを味わうプロセスを

取り戻していくことにあります。

 

とはいえ、もしあなたが今、仮に

燃え尽き症候群のプロセスの真っ最中にいるとしたら、

そこから途中で抜け出すのは並大抵のことではありません。

学生の頃の私もそうでしたが、ひとりで頑張っていると

大抵、頑張りすぎて、燃え尽きて

動けなくなってしまったあとに気がついて、

あんなに頑張らなければよかった、と

後悔してしまうことになります…

 

では、どうすれば、

燃え尽きることなく、自分にとって大切な目標を

追いかけながらも、幸せを感じられる毎日にすることができるのか?

 

自己否定から抜け出せるようになる考え方

キーポイントは「ひとりで頑張らないこと」です。

誰よりも真剣に、みんなのために頑張ってきたあなたを

助けてくれる人の顔を思い浮かべてみてください。

 

そういう人に、自分の弱みを話したり、

自分の気持ちをわかってもらうことによって、

心は自然と回復していき、

日常の中の幸せを感じられる感覚も取り戻していきます。

 

そういった人が身近にいない、

あるいは、親しい人はいるけど

プライドが邪魔して打ち明けられない、

人に弱みを見せるのが苦手、

といった方も、大丈夫。

 

カウンセリングでは、そんながんばりやさんなあなたを

自分もOK,他人もOK。

幸せのバランスを取り戻していくメソッドを

お伝えしています。

 

「自分に厳しい」あなたが、

カウンセリングを受けていくに連れ、

「自分に優しく、他人にも優しく、

 そしてなおかつ目標達成していく」

そんなあなたに変貌できるよう、

お手伝いをさせていただきます。